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もりみちブログ

2019年2月10日

災害の保全生物学(Conservation Biology of Hazard)の必要性

「東日本大震災」,「西日本豪雨」などといった自然災害が頻発している昨今,いろいろ考えさせられることがあった。

その一つは,災害時の「トリアージ」だ。これは,災害支援に比較的行きやすい場所は早く対応されるが,不便なところや重要ではないところは後回しにされるといった時間差やギャップが生じていることだ。被害状況をいち早く把握し対応することが求められるが,被害状況の把握が遅れ対応が後回しになってしまう。

危機管理において重要なことは,「危機対応能力」と「危機回避能力」である。前者は,危機に直面した際にベストの選択をして対応する能力であり,後者はそもそも危機を予測し回避する能力であり危機に遭遇しないことである。

このような考えは保全生物学にも必要であると痛感している。国,県,地域単位でレッドデータブックを作成し希少種の保全をしているが,さまざまな災害に対する希少種をはじめとする生物あるいは生物群集の保全については未だ十分ではない状況といえる。

愛媛県における具体的事例を考えてみよう。

一つ目は,河川環境といった撹乱的な環境に生育するカワラサイコである。河床は定期的な洪水や干ばつといったことで多種の侵出を拒み,本種の生育環境が維持されている。しかし,近年の台風やゲリラ豪雨などによる洪水で生育地の環境が物理的に破壊され,生育環境が一変するケースが頻発していると考えられる。

二つ目は,砂浜に生育する希少種の例である。台風の高波で砂浜が侵食され,激変することがある。このようなケースも,生育地・生息地の物理的な破壊といえる。

三つ目は,干潟に生息するドロアワモチ(図1)やシオマネキなどの例である。河口域の干潟に生息するそれらの種は,洪水や津波によって生育地が一気に破壊されることが推定される。本県の御荘湾(愛南町)を例にすれば,ドロアワモチは近隣には生息しておらず,生息地の破壊で壊滅的な被害を受けると一気に絶滅する可能性が高いと考えている。さらに,被災後にそれらの生物が復活する可能性が低いとも考えられる。

四つ目は,海岸崖地に生育するチョウジガマズミ(図2)の例である。本種は海岸崖地という特殊な環境に生育しており,生育地が台風や豪雨で土砂崩れを起こすと一気に個体数の減少につながる。そのような例は,大島(八幡浜市)で過去に見られた。

では,保全生物学的な見地からどのようなことをすればいいのか。

一つ目は,継続的な調査を行い,フロラやファウナといった基礎的なデータはもちろん,他に個体数,生育・生息状況,生育あるいは生息環境といったインベントリー(生物情報)の収集である。最悪のケースでも,過去の情報として比較することができる。これはすでに東日本大震災の後の追跡調査があり,「生態学が語る東日本大震災―自然界に何が起きたか―」(日本生態学会東北地区会編,2016)では「東日本大震災」の際には生物多様性にどのようなダメージがあったかを詳細に紹介している。また,「大津波のあとの生きものたち」(永幡,2015)や「巨大津波は生態系をどう変えたか 生きものたちの東日本大震災」(永幡,2012)もあるので,参照してほしい。

二つ目は,希少種だけでない生物の「ハザードマップ」を作成することである。レッドデータブックを活用すれば,希少種が集中するホットスポットが特定できる。これには,国家レベル,県レベル,市町村レベル,さらに地域レベルといった各種レベルで考えることが重要であると思われる。地震,津波,台風,豪雨などによって起こる生物に対する災害の度合いを事前に考慮しておくことは重要である。それに加えて,地域の生物多様性の保全も必要である。

三つ目は「希少種の災害トリアージ」を事前に策定し,何からレスキューしていくかを判断することは意味がある。希少種の中でも特に何をレスキューするのかが非常に重要だ。今までに経験したことがない想定外の災害に遭遇した場合には,希少種やその生育地・生息地がどのようになるのかを十分に検討する必要がある。

四つ目は,希少種の「バックアップ体制作り」である。希少な植物は植物園や大学,博物館などの公的機関,さらには地元の小中学校の校庭,公園などで栽培することで遺伝子資源の確保,種の最低限の保全につながる。希少な動物に関しても動物園や水族館などで飼育したり,繁殖させたりすることが重要であるといえる。

しかし,現状を考えると次の二つの問題に直面する。

一つ目は,自然災害は長い地球の歴史から見るとイベントの一つであるから,何も対策をしなくてもいいという考え方である。今まで,各地の生物多様性はこういった自然災害におけるセレクションを受けてきたことは間違いない。しかし,人類による地球温暖化,異常気象といった現象は過去にはない問題ではないか。これを自然と言うのはあまりに無責任だと言わざるを得ない。

二つ目は,各公共事業などにおける環境アセスメントにおける希少種の保全が十分ではないことである。以前より確かに環境アセスメントの精度は上がっているように思えるが,いつまでもマンパワーが必要だ。しかし,現場できちんと分類できる人材の養成が遅れている。さらに,工事ありきの前提でのアセスメントではないかと思われることも多々ある。保全を前提にした環境アセスメントの在り方を再検討し,早急に対策を立てる必要がある。

いずれにしても,真剣に考える必要な時期であると考える。

文献

・永幡嘉之,2012.巨大津波は生態系をどう変えたか―生きものたちの東日本大震災 生きものたちの東日本大震災,216pp.,講談社.

・永幡嘉之,2015.大津波のあとの生きものたち,47pp.,少年写真新聞社.

・日本生態学会東北地区会編,2016.生態学が語る東日本大震災―自然界に何が起きたか―,200pp.,文一総合出版.

図1 ドロアワモチ

図2 チョウジガマズミ


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